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ひとつひとつ丁寧に

色々な人たちから、話しを聞きたいですと言っていただけることが増えてきた。とてもありがたい話しである。

どんなに忙しくても、話しをしたいと言ってくれる人たち(時には相談にのりますというような感じで、僕のためみたいなニュアンスで誘ってくれることもある)には時間をつくることにしている。手術があるので夜10時30分から11時すぎまでとか1時間弱であることが多い。

話しをしてみると、大抵の人たちが迷っている人が多い。このままで良いのか、自分の進路はどれが良いのか、というような感じである。そりゃそうだ。人生90年時代に、その半分の年齢にもなっていない、ときには20代の人たちは何にでもなれる。迷うのは当然だ。

ただここで一つ重要なことがある。それは何にでもなれるけれど、全てできるわけではない。ここがポイントだと思っている。いつのタイミングで自分のやると思ったことに集中できるかである。やってしまえば良いのだけれど、いつか見つかるやるべきことのために力を温存している人が多い。これは勿体無い。

というようなことを考えていたら、目の前のことすら一つ一つ丁寧にできない人たちが多いのじゃないかということも感じるエピソードがある。カンボジアに行った時のこと、耳鼻科の医者たちから紹介をされて、僕もお気に入りのレストランがある。毎日そこでソバを食べて、1日頑張ろうと思っているのだが、せっかくなら高校生たちにもその機会を共有したいと思って、希望者を募った。結局10人中8人が参加することになった。わざわざ彼らのために現地の耳鼻科医が車も出してくれた。中にはアレルギーの子もいるとのことで、かなり慎重にメニューも選んだ。いざ食事が運ばれてくると、ほとんどの子供達が8割くらい残している。理由は「肉の味がない」、朝食にしては重いという理由だ。

現地の耳鼻科医のお気に入りで、僕も大好きなレストランに車まで出してもらって連れてきてもらって、「味がない」「朝食にしては重い」と言って8割残しているのである。

彼らのカンボジアのメディカルツアーに参加した理由としては「さまざまなことにチャレンジしたい」「色々な経験をした」「さまざま立場の人たちの気持ちをわかるようになりたい」などとそれは耳さわりの良い言葉が並べられていた。ちょっと待て待て、今あなたたちがレストランでやっていることは目の前の耳鼻科の先生たちにどう映っていると思っているのだろうか?僕にどう映っていると思っているのだろうか?

先日耳鼻科に見学に来た研修医が、進路に迷っていて、同じように迷いながらも耳鼻科として日本で一番になれる分野を持っている僕に話しを聞きたいということで、連絡があった。もちろんOK。僕は夜の10時まで予定があるし、院外にいるので、10時過ぎに話しをしようということで連絡を返した。そうしたら「お腹が痛いので、早退しました。また別の機会にお願いします」とのことだった。

目標は大きくもて。何にでもなれる。一生に一回しかないから、好きなことをやれ。そりゃそうだよ。僕も心から思っている。だけれど、自分の目の前にあるチャンスを一つ一つ丁寧に取っていかなくてどうやって大きくなろうというのだ、若者たち。味がなかろうが、泥水だろうが、目の前の人が美味しいと思って出してくれているものは、美味しいと言って食べなさい。お腹が痛かろうが、痛み止め飲むなり、合う時間を短くするなりしながら、頑張って顔を合わせた上で、次の予定を作ってもらえないかお願いをしなさい。昭和の感覚だという人もいるのかもしれないけれど、目の前の人が昭和の人ならそれをやろう。それがあなたの力になるのだから。